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ねがい

第一章『青春の忘れ物』第四話「それぞれの想い」

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 十数メートル離れた南からは見えないのをいいことに、翔斗は深く溜息を吐いた。美南は昔から、こうと決めたら誰に言われても自分の決定を曲げない鋼の意思を持っていた。今の彼女の瞳は、告白された嬉しさ故か、はたまた自分の素晴らしい思いつきの為か、無邪気に輝いている。こんなに生き生きとした表情で何かを始めた美南を止める言葉を、翔斗も、そして彼女の周りの誰も、知らなかった。
 仕方ない、付き合おう。
 翔斗はボールを片手にマウンドに上がる。
「こら、翔ちゃん。グローブ持って。キャッチボールなんだからね。いくら私の投げる球だからって、硬球なんだから。痛いんだから。」
 全身完全防備の美南が、拳を振り上げて大声を上げている。翔斗は首を振り振り、彼女の言われるがままにする。
 不思議な瞬間だった。
 今日は翔斗の夢が潰えた日。たった数時間前に譲れない試合に敗北した。チームは葬式ムードで帰還して、先程まで翔斗はどん底まで落ち込んでいた。それを励まそうとする美南も同じくらい傷ついていた。彼女を慰める意図と、そしてほんの少しの下心。そんな事情で、長年温めてきた思いを、お互い薄々わかっているけれど口にしたことのない思いの丈を、ぶつけた。そのはずだったのだが、美南は何も答えずに、自分のペースにわけのわからないままである翔斗を引き込んだ。
 彼女はどういうつもりでいるのだろう。翔斗の気持ちに応えるつもりはないのだろうか。美南もまた、彼を励まし返そうとしているのはわかる。それで始めたこれは、儀式。言い換えれば茶番だ。どうしたら彼女は満足するのだろう。美南がミットを構えるその位置に、寸分違わず精緻なコントロールの元、直球を投げ込めば納得するのだろうか。
「翔ちゃん。手加減したら、許さないんだから」
 凛々しい瞳を真っすぐ翔斗にに向けて、美南が言い放つ。きつく結ばれた口元からは、覚悟の色が伺える。
 翔斗は、理解した。
「やめとこう、怪我するぞ」
 美南は知っている。悲しい時、辛い時、これまで翔斗がどうやってその思いを砕いてきたのかを。投げて、投げて、思いを一球に込めて、投げて。これまでそうやって、消化してきた。全力で投げた球が、翔斗の心の迷いを消してくれることを、美南は知っている。美南は、それを受けると言っているのだ。野球で受けた傷を野球で晴らせと言っているのだ。この痛みを投球で晴らせなければ、翔斗が野球を嫌いになってしまうかもしれない。そう思っているのだろうか。
「その為の、コレでしょ」
 美南は脛当てを軽く叩いた。翔斗は首を振る。
「俺が本気で投げた球が直撃したら、そんなもの割れる」
 美南は鼻を鳴らして軽く笑った。
「凄い自信じゃない。でもね、私だって人並みに捕球くらいできるんだから」
「女子の人並みなんて、たかが知れてるよ」
 翔斗の言葉を聞くと、美南は目を吊り上げた。黒目がちで小動物のような瞳が憤慨に燃える。
「うるさい、翔ちゃんは何も考えず黙って投げればいいの」
 やめろと言って素直に聞く性格でないことはわかっていたが、これには溜息を吐かざるを得なかった。問答無用。翔斗は静かに首肯して、従う他なかった。これみよがしに肩を竦めると、いつもの投球フォームを取った。本気の構えだ。キャッチャーを睨む視線は、試合の時と同じもの。獰猛な肉食獣の瞳である。最後は根負けした。それは確かであるが、翔斗は本気で向き合う積りだった。余計な考えは要らない。いつものように、思うがままに投げ込むのみだ。今日はキャッチャーまで付いている。手厚いことだ。
「怪我しても知らないからな」
 ポツリと呟くと、翔斗は淀みない動作で腕を頭上に振り上げた。本当に怪我でもしたらもの凄く心配するであろうに、天邪鬼である。
 腕を大きく開き、ゆっくりと体重を移動させる。子供の頃から何百何千と繰り返してきた動作だ。すっかり板につき、骨の髄にまで染み付いた決められた動作。
 白球が闇を切り裂く鋭い音が響いたかと思うと、次の瞬間にはそれは美南の構えるミットの中にあった。そして、そのあまりの衝撃に彼女は後ろへと倒れた。一度はミットに収まっていた球も、遥か後方へと弾かれる。
「美南っ」
 思わず彼女の名前を叫んで、翔斗は美南の元へと駆け寄った。倒れたまま蹲っている彼女は、己の左手首を抑えていた。強く結ばれた瞼の淵には涙が滲んでいる。抱き起こそうと美南の肩に腕を伸ばした翔斗は、寸前で思い止まり空中で手を彷徨わせた。
「大丈夫、変な取り方はしてないから、捻挫とかじゃない」
 自力でゆっくりと起き上がった美南は、己の手首を翔斗に晒し、ぐるぐると回してみせた。彼女の言う通り、少し赤くはなっているものの、怪我をした訳ではないのだろう。しかし、ど真ん中に打ち込まれた翔斗の最高のストレートである。球速は140キロをくだらない。男でも苦労するような球だ。翔斗は己の軽率さを後悔し、眉を顰めた。頑固な美南に屈することなく、無理にでも止めておけばよかったと思った。
 しかし、美南は美南でその端正な顔を悔しさでいっぱいにしていた。自分から言い出したことでありながら、こうして翔斗に心配をかけてしまったこと。気合充分に重装備で構えて、簡単に後ろへ転がされたこと。未だにジンジンと痛み、その衝撃を伝える左手首。圧力を支えきれずに倒れたにも関わらず、今なおぶるぶると震えている両脚。迫ってくる速球に、反射的に目を瞑ってしまったこと。にも関わらず、美南の構えた場所に寸分違わず、そしていつもの速度を抑えることなくまっすぐに飛び込んできた球。美南はただそこにいただけだった。頑固に翔斗をキャッチボールに引き込んでおきながら、ただミットを構えてそこに座っていただけだった。満足に捕球もできず、己の脆弱さを曝け出してしまった。翔斗を励ますことが目的であるはずなのに。悔しくてたまらなかった。
「すごいね、翔ちゃんの本気の球、こういう形で見るの初めてだったかも」
 感慨深げに薄く微笑む美南の様子に、翔斗は安堵して小さく息を吐いた。
「思ってたより、怖いね。打つ時とは、全然違うね」
 美南は小さい頃より時折翔斗の球を打たせて貰うことがあった。だが、自分自身の中心にそれが飛んでくる恐怖は、想像を遥かに超えていた。
「試合の間中、こんなスピードの球、ずっと投げてたんだね。大変だったよね」
 美南の純真な瞳が、まっすぐに翔斗の視線を捉えた。彼女は声に出さないまま、ありがとうと呟いた。翔斗はそれを彼の目で受け取り、小さく頷いた。
「でも、この球が打たれちまったんだ」
 最終打席になろうという5番に、ホームランを打たれた。彼さえ抑えれば翔斗達の勝利だったのだが、最後に試合をひっくり返され、彼らの青春は幕を下ろした。
 コースも球速も申し分ない、翔斗の最高の球だった。それが次の瞬間にはバックスクリーンを叩いたのだ。相手打者が一枚も二枚も上手だったとしか言えない。本物の強者を目の当たりにして、絶望が胸を打った。自分の野球人生を否定された気がした。
 呟く翔斗の声には、諦念が滲んでいた。寂しそうな瞳には哀愁の色が映っている。胸を締め付けてやまない感情が翔斗の顔を支配する。その瞬間を目の当たりにした美南は、意を決したように力強く立ち上がると、後ろへ転がっていった球を取って戻ると、再び同じ場所に腰を下ろした。
「翔ちゃん、どうぞ。投げて」
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