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短編小説

「引退」

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 廃部寸前の美術部がある。
 そう聞いて澪子が入部を決めたのは、中学に入って三日もしない内だった。 
 廃部寸前の部活を自分の手で救おうなどと、よくあるスポ根モノの主人公の様に考えていた訳では断じてない。それとは全く別の理由であった。
 入学式を終えた夜、澪子に美術部の話をしたのは彼女の兄と姉だった。兄の澪一郎は澪子と同じ日に高校生になっており、また姉の澪香は澪子の一つ上の中学二年生であった。
 授業の事、成績の事、校則の事、関わると面倒臭い教師の事。美術部の話題は、先輩である兄弟達が語ってくれる様々な話の内の一つに過ぎなかった。だが、それまで黙って大人しく聞いていた彼女は、その話題に色濃い反応を示したのだ。
「部員が一人もいないの?」
 黒目がちなどんぐり眼で澪子が兄を見つめると、澪一郎は微笑んで頷いた。生来人見知りである彼女にとって、他の部員とかかわり合いにならないで済む部活は魅力的だったのだ。更に聞けば顧問は女性だというので、男性が苦手な澪子には更に好都合だった。
「だけど、そんなのつまらないんじゃないかしら」
 バスケットボール部員である澪香によれば、他の部員とのかかわり合いの中で生まれる様々なドラマこそが部活の醍醐味なのだという。だが澪子は小さく頭を振った。内申書に部活をした形跡が少しでも残れば、それで良い。部活に加入していれば高校受験の時有利な点が一つ増えるのだという事も、兄から聞かされたのだ。それを告げると兄達は、入学初日から内申を気にする妹に何と言えばいいのか分からず顔を見合わせた。

***

 その翌日、早速入部届けを貰った澪子は美術室に赴いた。放課後になり、他の部活は活動を始めている。近くの音楽室から、ブラスバンドが一年生に向けて演奏をしているのが聞こえる。だが、美術室は人気がなく寒々としていた。それが彼女にとっては逆に心地が良い。一日人の多い教室に押し込められて、澪子は窮屈さのあまり窒息しそうだった。
 美術部の顧問はとても親切な女性だった。澪子の人見知りを事前に澪香から聞かされており、怖がらせないように取った対応のお陰で澪子も心を許す事が出来た。蚊の鳴く様な声で話す彼女の話も辛抱強く聞いてくれる。澪子にとっては最高の先生だった。
 澪子の目的は美術部員としての活動ではなかった。兄達に告げた通り内申書に記述があればそれで構わない。澪子が恐る恐る告げても、顧問は大して気にしなかった。これまでと違って部員が一人でも入れば部費が貰える。その金を授業で使う道具に余計に当てられるので、返って好都合だった。その行為は不正だった。彼女は強かだった。だが澪子もそれを気にしなかった。美術部の活動をしないのに日々足繁く部室に通う彼女によって、そこはいつの間にか澪子専用の自習室になっていた。デッサンの参考書や世界の名画の本の隣に澪子の問題集が置かれるようになっても、顧問は別にどうとも思わなかった。この関係は二人のどちらにとっても都合が良かった。
 それが変化したのは再び4月を迎えたある日だった。澪子は、自分がが入部するまで3年間部員がいなかった美術部に、入部希望者がいるとは思っていなかった。だが入学式の翌日、入部希望届を手にやってきた新入生は13人もいたのだ。顧問は驚いた様子でその応対をし、澪子は初めて知らない人で溢れかえる美術室の空気が我慢できず、新入生の誰とも口を利かないままそこから逃げ出した。
 新入部員によると、半年前に美術部を舞台にしたドラマが人気を博し、その影響でこの年の希望者が多かったのだという。一年生はしきりに、ドラマの中で行われていた様々な活動をやりたがった。いつの間にか美術室からは参考書は消え、代わりにコンクールの募集要項が出現する様になった。澪子はいつの間にか、週に一度美術室に顔を出すだけの存在になっていた。ワイワイと騒がしい場所にいるのは彼女にとって苦痛だったし、もうそこで勉強するにはあまりにも雑然としていた。部長の仕事が開始と終了の挨拶だけだったのも幸いなことで、彼女が来なくても困る人はいなかった。だが何故か、新入部員達は偶に来る澪子を返って貴重がったので、美術室がやはり彼女にとって特別な場所であることに変わりはなかった。新入生の中の誰も澪子の様な人見知りは居らず、不思議なことに全員社交的で気も良く、澪子に来ることを強いる輩もいなかった。澪子が彼らに慣れるまでの長い時間、辛抱強く待ってくれた。内気で人見知りな澪子が彼らと会話できるようになったのは、再び次の4月が巡ってきた頃だった。
 前年ほどではないにしろ、入部希望者は多かった。だが、再び美術部が様変わりすることはなかった。いつの間にか大所帯となった美術部の部員たちは仲も良かった。相変わらずの人見知りだった澪子のスタンスも変わらなかったが、澪子は幽霊部長で、この部活はそういうものなのだと誰もが受け入れていた。
「澪子先輩、次に来るの楽しみにしてますからね」
 そうした会話が成されるのも普通では有り得ない事だったが、誰も疑問に思いはしない。
 
***

 3年美術部員の活動は、夏休み前までで良いだろう。そう決めたのは顧問と澪子の二人だった。最も彼女は殆ど活動をしていなかったので、いつ引退しても構わなかったのだが。
 引退の日、澪子はいつものように顔を出す為だけにそこへ足を伸ばした。最初の一年は自習室で、後の期間は友達と挨拶をする為の場所だった。引退は対した感慨もなかった。
 美術室に一歩足を踏み入れると、爆音がした。
 声を出すこともなく、澪子はその場で尻餅を付いた。何が起きたのかも分からず呆然とする。
「澪子先輩、お疲れ様でした! 引退おめでとうございます」
 大勢の後輩がクラッカーを手に駆け寄ってきても、彼女は立ち上がることもできない。気づけば全員の力作と寄せ書きを手渡されていて、周囲では何人かが涙ぐんでさえいた。澪子はその時になって漸く状況を理解し、パクパクと口を開閉した。声が出てきたのは更にその数分後だ。
「わ、私、何もしてない」
 ――――部長らしいことを何もしてあげられていない。彼女の本意を、後輩達はちゃんと汲んだ。
「先輩は優しかったです」
「悩み相談に乗ってくれたじゃないですか」
 気づけばどんぐり眼も頬も赤らんでいて、口調はいつも以上にしどろもどろだった。
「たまには遊びに来てくださいね」
 丸で、今までちゃんと部長をやっていた人に対してのセリフの様だ。その時初めて、澪子は後悔し始めていた。この場所がこんなに暖かかったなんて。今まで自分は何をしていたのだろう。幽霊部長を許してくれる優しい部活など他にはない。偶にしか顔を出さない人を笑顔で迎えてくれる場所などここしかない。そんなことに今更気がつくなんて。
「わ、私、こんな、みんな……もっと、来れば」
 零れてくる涙を拭いながら澪子はしゃくり上げた。笑顔でいてくれる後輩の暖かさが逆に辛かった。どうして私は、内気を理由に部活を蔑ろにしていたのだろうか。後輩が入ってきた時点で変われたはずなのに。どんなに思っても時すでに遅し、失った時は戻ってこない。澪子は、何か大事な忘れ物をしたような気がしてならなかった。



お題 Poem-Original より「引退」
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